【監修 You矯正歯科 大阪医院院長 青山健一】
「できれば歯を抜かずに矯正したい」――これは矯正治療を検討されている方にとって、最も切実な願いの一つでしょう。近年、非抜歯矯正を可能にする新しい技術や装置も登場し、注目を集めています。
しかし、歯科矯正の専門家の間では、「非抜歯矯正はそんなに簡単にはできるものではない」「何でもかんでも非抜歯でやろうとするのはおかしい」といった批判的な意見が存在することも事実です。
では、非抜歯矯正は本当に誰でも可能なのでしょうか?
今回は、30年以上の矯正治療の経験に基づき、非抜歯矯正が適応できる人・できない人の違い、そして無理に非抜歯にこだわった場合に生じるリスクについて、詳しく解説します。

歯並びが悪くなる根本原因:スペース不足

まず、なぜ歯列矯正が必要になるのか、その根本的な原因を理解する必要があります。
矯正治療の目的の一つは、歯を並べるスペースが不足しているためです。
現代人は進化の過程で顔が小さくなり、顎の骨が小さくなっている傾向があります。
顎が小さい一方で、歯は顎に対して大きい場合があるため、狭いスペースに多くの歯を収めようとして、結果的に歯が重なり合って生えてしまうのです。
このスペース不足を解消する方法こそが、矯正治療の選択(抜歯か非抜歯か)を分ける鍵となります。
スペースを補う方法としては、主に以下の三つが挙げられます。
1.抜歯: 歯を抜くことで、強制的に大きなスペースを作る。

2.拡大: 歯列が並んでいるアーチを外側に広げ、スペースを作る。

3.遠心移動:奥歯を親知らずの方向に動かしてスペースを作る

4.隣接面削合(IPR): 隣り合う歯の側面を少し削り、歯の幅を狭くする。

非抜歯矯正を可能にするメカニズム
非抜歯矯正でスペースを確保する場合、主に「隣接面削合」と「拡大」が用いられます。多くの場合、これらを両方で併用することもあります。
隣接面削合(IPR)
隣接面削合(IPR)は、歯の隙間を少しずつ削り、歯の幅を狭くする方法です。
歯の一番外側にあるエナメル質は通常1ミリ程度の厚みがあるため、1箇所につき0.5ミリまで削っても、歯の寿命には影響は少ないと言われています。
例えば、全体で4~5ミリのスペースが確保できる計算になるため、軽度な歯並びの悪さ(叢生)であれば、IPRだけで歯をきれいに並べることが可能です。
しかし、重度の叢生などで1センチメートルなど大きなスペースが不足している場合には、IPRだけではスペースが足りません。
歯列の拡大
「拡大」は、歯並びのアーチ全体を横方向や前方向に外側に押し出すことで、歯列のサイズを大きくし、スペースを作る方法です。歯のアーチはV字状になっているため、1ミリ外側に押し出すことで、実際には2ミリ程度のスペースを生み出すことができます。
さらに2ミリ程度外側に押し出せば、4~5ミリのスペースができる計算になります。
抜歯を避けられる拡大は魅力的ですが、この拡大がどこまで可能か、そして安全に行えるかが、非抜歯矯正の適応条件の核心となります。
奥歯の遠心移動
奥歯を親知らずの方向に動かすことが「歯を抜かないで矯正する」為には最大の難関になります。歯列を広げることと、歯の隣接をけづることは割と簡単ですが、奥歯を親知らずの方向に動かすテクニックで歯を抜いて矯正するか、歯を抜かなくても矯正できるかの境目になります。

抜かない矯正の適応条件:年齢による決定的な違い

非抜歯矯正による「拡大」や「遠心移動」がどこまで有効か、また安全かは、患者が成長期にあるかどうかで劇的に異なります。
理想的な適応:成長期の子ども(10歳まで)
非抜歯矯正が最大限に効果を発揮するのは、10歳までの子ども、特に小学校低学年のうちです。
子どもが成長しようとしている時期は、歯が植わっている骨格ごと変化し、大きくなる柔軟性を持っています。この時期に、拡大床などの器具を口の中に入れ、内側から骨をグッと押し出してあげると、歯だけでなく骨格全体が拡大します。
骨格が大きくなることで、歯列のアーチも大きくなり、込み合っていた歯が無理なくきれいに並ぶようになります。
骨が柔軟な若いうちに、こうした矯正を行ってあげると、楽に、費用も安く済み、無理やり並べるのではない自然な歯並びにすることが可能になります。
専門家は、将来歯並びが悪くなりそうな兆候が見られる場合、小学校低学年のうちに一度、歯並びの診断を受けることを勧めています。
限界がある適応:成長期を終えた大人(10歳以降)
10歳を過ぎて成長期が終了し、骨格が固まってしまった大人や思春期以降の患者の場合、事情は大きく異なります。
大人の場合、顎の骨はもう動きません。
大人の非抜歯矯正で可能となるのは、「歯列だけの拡大」です。これは、歯が植わっている骨(歯茎の骨:歯槽骨)の範囲内で、歯を少し外側に傾けたり、角度を変えたりすることでスペースを作る方法です。
患者さんから「顎を広げる装置を使った」と聞くことがありますが、大人の矯正治療で顎の骨自体をコントロールして広げることはできません。
実際に行われているのは、顎の枠の中で歯を外側に移動させ、歯並びのアーチが広げる治療になります。
しかし、この拡大には明確な限界があります。
非抜歯矯正に「こだわりすぎた」ときのリスク
非抜歯に強くこだわり、骨格的な限界を超えて無理やり歯を並べようとした場合、悲惨な結末を迎える可能性があります。
歯肉退縮のリスク
骨の範囲を超えて歯を外側に移動させることは、歯が骨の「崖からつま先を飛び出させている」ような状態を作り出します。
歯に対して骨のサポートが失われると、それに伴って歯茎も下がってしまいます(歯肉退縮)。
これにより、せっかく歯並びは整っても、見た目が悪化してしまうことがあります。
口元の変化(出っ歯化)
抜歯矯正と非抜歯矯正では、口元の仕上がりの印象も異なります。
抜歯矯正では、抜いたスペースを利用して前歯を後退させることが多いため、歯並びがやや内側に入り、口元が凹んだ雰囲気になる傾向があります。
一方、抜歯せずに拡大で歯を並べる場合、歯列が外側に出た場合は、結果として「出っ歯気味」になる傾向があります。
出っ歯気味の歯並びは、元気でハツラツとした、前向きな印象を与えることもありますが、口元を引っ込めたいという患者の願望とは裏腹の結果となることもあります。
顔立ちのイメージも考慮し、治療後の仕上がりについて専門医とよく相談する必要があります。
抜歯が「適切」または「必要」とされるケース
非抜歯が困難な重度の叢生がある場合(約1cm以上のスペース不足など)は、抜歯が避けられないことがあります。しかし、非抜歯が推奨されるのは、見た目だけが理由ではありません。
未来の健康維持を考慮した場合
矯正治療は単に歯を並べるだけでなく、患者の未来の健康状態を維持し、幸せに導くための仕事であるべきです。
例えば、大人の歯並びは一生をかけて少しずつ変化し、奥歯は手前に傾斜し、内側に入り込んでいく傾向があります。
もし前歯が過度に前方に傾斜している状態のまま矯正を終えてしまうと、将来的に奥歯が倒れ込むことで、前歯への突き上げが強くなり、歯周組織に負担をかける可能性があります。
このような場合、健康な中間の歯(小臼歯など)を抜いて矯正すると、前歯をまっすぐに(アップライトに)立て直してあげることっができないため、顎関節症や頭痛肩こりの原因になることがあるために、歯を抜かないで矯正する方が長期的に患者さんの利益になると判断されることがあります。
専門医の診断:「遠心移動の考え方」
一部の専門医(グリンフィールド先生、セトリン先生らの流れを汲む矯正専門医など)は、小臼歯の抜歯を診断する前に、まず奥歯(臼歯)の位置を立て直すという考え方に基づいた治療を行います。
奥歯は加齢や噛む力の影響で手前に倒れ込んでいることが多いため、これを「アップライト」(まっすぐ)に立て直して奥に移動させることで、前にスペースを作り出します。これは、歯の動きとしては遠心移動の動きにあたります。
この遠心移動による矯正治療によって奥歯の立て直しによって得られたスペースでも足りず、口元の状態や前歯の角度から抜歯が不可避と判断された場合のみ、抜歯矯正を行います。
成功への鍵は「装置」ではなく「診断」

非抜歯矯正を検討する上で、何よりも重要となるのが、「診断」です。
一部では「特定の矯正装置(床矯正、デーモンシステム、インビザラインなど)を使えば非抜歯でできる」といった情報が見られますが、これは誤った考え方です。
矯正装置は、専門医が治療を行うための「ツール」(道具)に過ぎません。
例えば、どんなに切れ味が良い包丁があったとしても、それだけでフグ刺しのような芸術的な料理が作れるわけではありません。包丁を使いこなす技術と、どう料理するかという診断・設計が不可欠なのです。
矯正治療も同様に、まず科学的根拠に基づいた正確な診断が必要であり、その診断結果に基づいて、専門医が患者さんに最適な装置(ツール)を選択するのです。
骨の厚みを測る重要性
特に大人の非抜歯矯正の限界を見極めるためには、歯を支えている骨の厚みを正確に知ることが極めて重要です。かつては平面のレントゲン写真が主に使用されていましたが、これでは骨の厚さやどこまで歯を外側に拡大できるかを知ることは困難でした。
現在は歯科用CT(コンピューター断層撮影)を用いることで、歯が骨のどこまで動かせるかを事前に計算することが可能になりつつあります。非抜歯矯正を検討する場合は、こうした精密な検査を行える専門医を選ぶことが、失敗を防ぐための第一歩となります。
まとめ:あなたの最適な治療法を見つけるために
非抜歯矯正は、特に成長期の子どもにとっては、骨格的な拡大によって自然な歯並びを実現できる非常に有効な手段です。
しかし、成長期を終えた大人の場合、骨格は動かず、歯を動かせる範囲に限界があります。
この限界を超えて無理に非抜歯にこだわることは、歯茎が下がったりするリスクを伴います。
口元のコンプレックスを解消するためには、抜歯を伴う矯正が最も適切であると判断される症例もあります。
最適な矯正治療を受けるためには、矯正専門の先生にしっかりと診断をしてもらうことが大切です。できれば複数の専門医(2~3件)に意見を聞き、治療の目的や未来の健康維持について十分に相談し、納得した上で治療を始めることが成功への鍵となります。
