人生の折り返し地点を過ぎ、ふと「もし別の道を選んでいたら」と考えることはありませんか?
仕事の重圧や将来への不安に揺れるとき、私たちはつい、自分とは違う穏やかな道を歩む誰かを羨んでしまうものです。
先日、43年ぶりに高校時代の同級生と再会しました。
18歳で止まっていた思い出が動き出した瞬間、そこには全く異なる二つの人生が並んでいました。
一人は故郷で銀行に勤め、定年を迎えようとしている安定した人生。もう一人は、リスクを背負い、競争の激しい世界で借金を抱えながらも走り続ける人生。
「隣の芝生は青く見える」のは人間の自然な反応です。
安定した生活を送る人から見れば挑戦し続ける人生が眩しく見え、逆に荒波の中にいる人から見れば、平穏な日常が何物にも代えがたい宝物に見える。
私たちは皆、自分が持っていない「もう一つの人生」に、どこか憧れを抱いてしまう生き物なのかもしれません。
そんな中、ある同級生の言葉が深く胸に刺さりました。
映画監督として活躍する彼は、「思い出に浸るのは先でいい。今は前だけを見て、後ろは振り返りたくない」と言い切ります。
過去を懐かしむことは心地よいノスタルジーを与えてくれますが、そこに留まりすぎると、今を生きる活力を奪ってしまうこともあるのかもしれません。
一方で、80代、90代になっても「今が一番幸せだ」と笑う人々もいます。
彼らに共通するのは、「今日という日が今後の人生で一番若い」という前向きな受け止め方と、これまでの数多くの「出会い」への感謝です。
人生の良し悪しは、結局のところ、どんな状況に置かれたかよりも、誰と出会い、その出会いをどう受け止めたかで決まるのではないでしょうか。
私たちが直面する困難や、「なぜ自分だけが」と思うような試練。それを乗り越えるための、少し不思議で、けれど力強い考え方があります。
それは、「生まれる前に、自分自身でこの人生のシナリオを書いてきた」という仮説です。
今の苦しみも、出会う人々も、すべて自分が成長するためにあらかじめ用意した「配役」や「伏線」だとしたらどうでしょう。
そう考えると、他人から押し付けられた試練には腹が立っても、「自分で書いた台本」なら、なんとか演じきってみようという勇気が湧いてきませんか。
「その人に乗り越えられない問題は起きない」という言葉があります。
今、あなたが目の前の壁に立ちすくんでいるとしたら、それはあなたがその壁を乗り越える力を持っている証でもあるのです。
人生には、変えられない「運命」と、自分の受け止め方次第で変えられる「宿命」があります。
過去や能力、寿命といった変えられない部分を嘆くのではなく、与えられた役割の中でどう動くか--そこにこそ、私たちの自由があるのです。
他人と自分を比べる必要はありません。
あなたが今歩んでいるその道は、誰にも演じることのできない、あなただけの特別な物語なのです。
外はまだ厳しい暑さが続きますが、時には深呼吸をして、自分の書いたシナリオを少しだけ楽しむ余裕を持ってみませんか。
今日を精一杯生きるあなたを、未来のあなたはきっと「これでよかった」と誇りに思うはずです。

