前回のブログ記事で触れた「意味がないというもっともらしい言い訳」について、さらに一歩踏み込んで、「本当に意味がない(からやめるべき)のか」それとも「ただ単にやめたい(から意味がないと言い訳している)のか」を見分けるためのアプローチを整理してみましょう。
この2つは心の中で本当に複雑に絡み合っており、自分自身でも「どちらなのか分からない」と葛藤してしまうのはごく自然なことです。これらを見分けるために、**自分自身に投げかけたい3つの問いをご紹介します。
1. 「もし『しんどさ』が半分になっても、やめたいですか?」
これは、「一時的な苦痛やストレス」と「本質的な価値」を切り離すための問いです。
私たちは、心や体が「しんどい」と感じたとき、その辛さから逃れたい一心で「こんなことをしても意味がない」というもっともらしい理由を頭の中で作り出し、やめることを正当化しようとします。
私の 高校時代の柔道部で「強くなっても将来役に立たない」と言い訳していたのは、実は「日々の練習が辛くてサボりたい」だけでした。
冬の朝の冷水浴で「本当に体にいいのか」と悩むのも、本音は「ただ寒くて冷たいから、楽な方に逃げたい」からです。
見分け方のヒント:
「もし、この作業がもっと楽に、あるいは短時間でできるとしたら、私は続けたいだろうか?」と想像してみてください。
もし「楽になるなら続けたい」と思うのであれば、それは価値がないのではなく、単に「今のやり方がしんどくてやめたい」だけです。その場合は、やめるのではなく「負荷を下げる工夫(仕組み化)」を考えましょう。
2. 「もし信頼できる仲間が一緒にいたら、同じ判断をしますか?」
これは、「孤独によるモチベーション低下」と「本当に時間やお金をかける価値がないこと」を見分ける問いです。
人間は、自分一人だけで物事に取り組んでいると、目に見える成果が出ない初期段階で「意味がない」と判断して諦めてしまいがちです。
しかし、誰かが関わっていると、不思議と踏みとどまれることがあります。
私の YouTubeの投稿も、1人だったら「意味がない」とやめていたかもしれませんが、周囲に一緒に取り組んでくれたり、協力してくれたりする仲間がいたからこそ、自分勝手にはやめられないという環境になり、継続できました。
見分け方のヒント:
「もしこの挑戦を、大好きな友人や信頼する仲間と一緒に取り組んでいるとしたら、今すぐやめますか?」
もし「仲間がいるなら、もう少し頑張ってみたい」と思えるなら、それは活動自体に意味がないのではなく、「一人で抱え込んでいて孤独がつらい(やめたい)」だけかもしれません。
誰かを巻き込んだり、報告し合える環境を作ることで解決できる可能性があります。
3. 「やめた後の自分を想像したとき、どんな感情が湧きますか?」
これは、「一時的な逃避」と「未来への前向きな軌道修正」を見分ける問いです。
何事も「我慢して続けること」だけが正しいわけではありません。
ブラックな職場で半年でやめた人が「我慢したのは時間の無駄だった、もっと早くやめるべきだった」と振り返ることもあれば、3年間耐え抜いて「根性がついた、意味があった」と捉える人もいます。
見分け方のヒント:
やめた後の自分をイメージしたときに、どちらの感情が近いでしょうか。
「一時的にホッとするけれど、どこか心残りで、後からまた同じことを始めたくなりそう」と感じるなら、それは一時的な「やめたい(逃げたい)」という感情です。
逆に、「心がスッキリして、次の新しいステップへ前向きにエネルギーを注げる気がする」と思えるなら、あなたにとって今のその場所は、時間やお金をかけるだけの「意味(価値)がない」場所であり、本当にやめるべきタイミングなのかもしれません。
もしこれらを問いかけても結論が出ないときは、「今すぐ結論(意味)を出そうとしないこと」をおすすめします。
意味は後からついてくるものですから、今は「ただのルーティン」として、歯磨きのように淡々と省エネモードで続けてみるのも、大人の賢い生存戦略です。

