怖いから逃げてしまうのをコントロールするには……

「恐怖」や「不安」を感じる時に、人は「闘争」か「逃走」を考えるらしいです。
「闘争」すれば傷ついたり負ける確率があるので、基本的には「逃走」が第1選択になるでしょう。
辛いことや嫌なことから逃げたり避けたりするのは人間の本能なのです。

本能なのだから、辛いことが起きた時に、逃げたり避けたりする弱い自分も受け入れることが「自己受容」には大切です。
何かから逃げるたびに自己嫌悪になっていたのでは体がもたなくなってしまいます。
しかし、本能的なことに対してすべて感情の赴くままに動いていたのでは、人間は動物と違わなくなり、社会生活は成り立たなくなってしまい、最悪、犯罪者になってしまう可能性も出てきます。

人間には感情と理性があります。
「恐怖」や「不安」を感じる時に、人間だから感情に流されるのは仕方ないことですが、時には、理性の力で逃げるのを立ち止まって「闘争」する勇気も欲しいものです。

「闘争」とは相手に対してではなく「自分の弱い心」との戦いです。
「逃げたい」という本能を理性で断ち切る勇気が欲しいのです。
自分の家族や大切な人が危険にさらされているのに、本能だからと言って逃げていたのでは大切なものを失うことになってしまいます。

「恐怖」や「不安」を感じた時に、子供なら10回中10回逃げても仕方がないけれど、いろんな経験を積んだ大人なら10回中1、2回は自分の弱さと「闘争」していく必要があるような気がします。
10回中1回出来れば、それが2回になり3回に増えていくことも可能です。

「逃走」から「闘争」に変更するためには、そこで戦う「意味と価値」を強く感じることが必要です。
家族など大切な人の為なら「意味と価値」を強く感じることも容易でしょうが、日常で恐怖心に流されそうなときに、「感情と行動」は分けて考えることが大切です。

「怖いもの」を「怖くない」と思うことは不可能です。
「怖いものは素直に怖くてもいい」のです。
しかし、「怖い」と感じる「感情」とその後の「行動」は分けて考える必要があります。

悲しいから泣くのではなく、泣くからさらに悲しくなってくるのです。
悲しい時こそ逆に笑顔で元気を出しているうちに悲しさが減ってくる場合もあります。

人間の本能と感情はコントロールできなくても、行動は変えられます。
悲しいから家で引きこもっていても悪循環になるだけです。
悲しくて何もする気にならない時こそ、外に出て体を動かす必要があると思います。

「人間は感情の動物だ」とシェークスピアは言いましたが、「人間はいつも感情に引きずられる生き物」ですが、「感情をコントロール」しようとするのではなく、「行動をコントロールする」ことで徐々に感情もコントロールされてきます。
「弱さ」を受け入れることも大切ですが、「弱さに流されない行動をとれる自分である!」と信じれる面も持ち合わせたいものです。

 

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