新しい挑戦を始めたとき、あるいは日々の習慣をこなしているとき、ふと心の中にこんな声が聞こえてくることはありませんか?「これ、本当にやる意味あるのかな……」
YouTubeを始めてみたり、筋トレを始めてみたり、あるいは仕事で新しい取り組みを任されたり。最初は意気揚々とスタートしたものの、目に見える成果がすぐに出ないと、私たちは焦りを感じてしまいます。
「続けても無駄になるんじゃないか」という葛藤は、何かを志した人なら誰しもが一度は抱える心のノイズです。
実は、この「やる意味があるのか」という疑問には、私たちのずるい自己防衛の心理が隠れていることがあります。
「意味がない」というもっともらしい言い訳
高校時代に柔道部に所属していた私は、毎日の練習が厳しくてしんどいとき、いつも心の中で「柔道が強くなったって、将来なんの役にも立たないしな」と言い訳をしていました。
また、冬の朝に冷たい水を浴びる習慣を続けながらも、「本当にこれ意味あるの?健康にいいのか。逆に体に悪いんじゃないか」と葛藤しています。
でも、その本音をさらに深く覗いてみると、実は「ただ単に、しんどい(冷たくて辛い)から今すぐやめたいだけ」だったりするのです(笑)
「やりたくない」「サボりたい」という本音をストレートに認めるのは、少し後ろめたいもの。
だからこそ私たちは、「やる意味が見出せないから、やめるのだ」と、もっともらしい理由を心の中で作り出して自分自身を納得させ、逃げることを正当化しようとしてしまいます。
もちろん、本当に時間の無駄で早くやめるべきだったというケースもあります。
ブラック企業を半年で辞めた人が「石の上にも3年なんてウソ。そんなの時間の無駄だ」と振り返る一方で、別の人は「3年頑張ったことでメンタルが鍛えられて意味があった」と語るように、何が正解かは人それぞれです。
ただ、もし「しんどさ」から逃れるためだけに「意味」を人質に取っているのだとしたら、少しだけ立ち止まってみる価値はあります。
イチローが教えてくれる「小さな変化」の尊さ
私たちはつい、未来に明確な希望や、わかりやすい「成長の実感」を求めがちです。
子供の成長のように、1ヶ月後、1年後にはっきりと変化が見えるものであれば、モチベーションもキープしやすいでしょう。しかし、物事が成熟してきたり、年齢を重ねて同じことを繰り返すようになると、劇的な変化を感じることは難しくなります。
ここで思い出したいのが、稀代のプロ野球選手・イチロー氏の言葉です。
彼は、若い頃は成長を実感しやすいけれど、年齢が上がると同じことの繰り返しの中で成長や意味を見出しにくくなり、多くの人が引退していくと語りました。
その中で彼が長く現役を続けられた理由は、「年齢が上がっても、ちょっとした微細な変化や、わずかな成長に気づくことができたから」なのだそうです。
劇的な成果を追い求めるのではなく、日々の生活の中にある「昨日とは少し違う自分」という小さな変化にアンテナを立てる。その些細な気づきこそが、歩みを止めない本当のエネルギーになります。
「自分の意志」を過信しない、賢い継続のコツ
とはいえ、自分の強固な「意志の力」だけで継続できる人は、そう多くはありません。人間はそもそもそれほど強くないものです。
では、どうすればいいのでしょうか。
答えは、「周りの環境や、他人の存在を上手に味方につけること」です。
実際、私自身がYouTubeの動画投稿を約2年間続けてこられたのも、一人だけでやっていたら「意味がない」と言い訳してすぐにやめていたかもしれません。
しかし、「一緒に取り組んでくれる仲間が周りにいるから、自分勝手にはやめられない」という、良い意味での制約がある環境だったからこそ、続けられたのです。
部活動で友達がやめないと自分もやめにくいように、誰かと一緒に伴走し合える関係や環境を作ることが、挫折を防ぐ一番の近道になります。
そして、それを根気よく続けていくうちに、やがてその行動は「歯磨き」のようなルーティンへと変わっていきます。
ここまで来れば、「やる意味があるかないか」なんて悩みに無駄なエネルギーを使う必要はなくなります。ルーティーンになってしまえば、ただ淡々と、当たり前のようにこなせるようになるのです。
意味は「後から」そっとついてくる
一生懸命に「これの何に意味があるのだろう」と頭で考えているときほど、実は答えは見つからないものです。
意味や価値というものは、今この瞬間に必死になって探すものではありません。
ただ淡々と続けていった先の未来から振り返ったときに、「ああ、あの時のことには、こういう意味があったんだな」と、後からそっとついてくるものなのです。
「これ、意味あるのかな」と心が揺らいだときは、一度考えるのをやめてみましょう。
そして、「一人で抱え込まずに、誰かと一緒に」「日々のほんの少しの変化を楽しみながら」目の前の一歩をただ踏み出してみる。
そんな風に、肩の力を抜いて、今日という日を淡々と過ごしてみませんか?

